認知症による生活の危機に溢れる日本
日本はOECD加盟35カ国中最も認知症の割合が多い国であり、認知症患者は2030年には約800万人を突破する事が分かっています。これは65歳以上の高齢者の5人に1人が認知症となる計算になります。また、認知症に加え、軽度認知障害(MCI)の人口を加えると約862万人と、高齢者の4人に1人が認知症とその予備軍になることから、とても身近な問題となっています。
高齢者は約9万3千人(令和5年4月)と約24%を占めており、WHO(世界保健機関)の定義による高齢化率の分類ではすでに「超高齢化社会」の市町村となっています。2040年になると、岡崎市の高齢者人口は約10万人を超えると予想されており、4人に1人が認知症になる可能性があると考えると、岡崎市においても約2万5千人ものかたが認知症になる可能性があるとも言えます。
参考:「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」(平成26年厚生労働科学研究費補助金特別研究事業 九州大学二宮教授)から内閣府作成資料
岡崎市のデータは、岡崎市地域包括ケア計画(2021-2023)及び岡崎市ポータルサイトより引用
認知症は、がんを押さえて最もなりたくない病気という調査結果が出ています。「何もかも忘れてしまうのではないか」「自分の意思がなくなってしまう」など、認知症に対する未知への不安や恐怖などによる悪いイメージが強くなっています。
参考:MS&ADインターリスク総研株式会社2021年1月8日~10日に全国47都道府県の男女計1,000人を抽出しインターネットによる調査
認知症になると、記憶力が低下したり、物事の判断をしにくくなるだけではなく、多くの生活問題が発生しやすくなり、時には金銭的な被害に遭うこともあります。例えば、軽度の認知症であっても不必要な訪問販売に何度も応じてしまう事や、特殊詐欺、還付金詐欺、義援金詐欺や架空請求など高額な悪徳商法の被害に遭う高齢者もいます。
また、記憶の障がいのため、一人で外出して自宅に戻れず、行方不明になって亡くなってしまう方もいます。認知症の症状により、ゴミが捨てられず家が不衛生になったり、お風呂に入らず着替えなくなるなど、身の回りの事が一人ではできなくなることもあります。また、幻視・幻聴や作り話(本人にとっては真実)で、家族等とトラブルになる場合もあります。車を運転していた人は、運転免許の返納をしておらず、頻繁に交通事故を起こしてしまうことも珍しくありません。
認知症になると、その場で的確な判断や対応ができない事が多くなり、悪徳業者にだまされやすくなります。訪問してきた業者に対して心を許してしまい、必要のないサプリメントや健康器具、高級布団などを大量に買わされ、多額の支払いが発生することもあります。日中一人でいる場合や一人暮らしの場合には特に、家族が気付かないうちに大きな被害になっていることが多くあります。 認知症を患い理解されない不安や寂しさから、優しくしてくれる人や業者を簡単に受け入れ、悪徳商法や財産侵害に遭うことは珍しくありません。
外出したまま行方不明になってしまう高齢者が年々増加しています。行き慣れたスーパーの場所が分からない、外出した目的を忘れて「ここはどこなのか?」「なぜ自分がここにいるのか?」とパニックになる事もあります。また、昔の記憶がよみがえって昔住んでいた場所などに帰ろうとする事もあり、とても歩いて行けないと思われる遠い場所で発見されることも珍しくありません。
行方不明になる方の半数以上が自宅から出かけており、同居の家族も日常生活の中で急にいなくなってしまうため、気づけないことも多くあります。発見されるまでの時間(警察に捜索願が出てから)では、6時間を超えると生存して発見される割合が一気に減少し、24時間を超えると5.8%となっています。死亡して発見される割合においても24時間以上が約6割となっており、認知症による行方不明では「24時間の壁」のタイムリミットがあると考えられます。
また、行方不明から発見された時に住所・名前が言えなかった人の割合は約2/3にものぼり、家族のもとに戻ることが遅れることもしばしばです。
引用:平成29年度 国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター「愛知県認知症高齢者の徘徊マニュアル」P19
認知症の症状により、ゴミ収集日の日付や曜日の感覚がなくなったり、ゴミが残っていることへの違和感もなくなってくることもあり、家にゴミが溜まってきます。また、不必要なものも「必要なもの」と思い込み、持ち帰ってしまい、余計に家の中や庭までゴミで埋め尽くされてしまう場合もあります。「人に汚れた部屋を見られると恥ずかしい」と思われることもあり、人が入ることに抵抗を持たれることも珍しくありませんが、自身の力では「ゴミ屋敷」をどうにかすることができず、不衛生な状況のまま孤立してしまう人もいます。
清掃前
福祉職やボランティアが 集まっての清掃
清掃後
公益財団法人長寿科学振興財団認知症の予防とケア第5章認知症ケア10家族の視点 認知症の予防とケア 公益財団法人長寿科学振興財団
認知症の介護にあたる家族の介護負担やストレスは大きく、家族介護者の半数以上にうつ状態が認められる報告があります。認知症は本人だけでなく、介護する家族にも大きな影響を与えています。
夜中であっても昼だと思って歩き回ったり、食事をしてないと思って寝ている家族を呼びにいくこともあります。深夜に何度もトイレに行きたくなり、その度に家族が排泄の介助をしていることもあります。このような状況が続くと、継続的な寝不足も相まって、体力的・精神的に大きな負担となっていきます。
また、体は元気であっても同じことを数分おきに聞かれたり、伝えたことが理解されないこと、事実と違う話をされる事が繰り返され、認知症であることがわかっていても、強いストレスを感じ続けることが珍しくありません。
岡崎市にある認知症の事例 認知症になった「寂しさ」と「孤独」
海外で幼少期を過ごした洋子さん(仮名)は、帰国後、県内大学を卒業し、教員を務め、多くの生徒や友人に慕われる、世話好きで明るい方でした。60代から持ち家で一人暮らしとなりましたが、仲間と喫茶店などに出かけ孤独になることなく過ごすことができていました。
70代後半に物忘れが目立ち、自宅が片付けられなくなり、友人に指摘されて受診し、認知症と診断されました。
話が合わなくなり、妄想なども出てきたことで、友人とは出かけなくなりました。本人はなぜ、周りから人がいなくなっていったのか分からず、人と一緒にいることが好きだった洋子さんは寂しさと不安でいっぱいになっていました。
寂しさから訪ねてきた人に、「泊まっていって」「帰らないで」と言うことも多く、「お母さんに会いたい」と泣いていたこともありました。
寂しかった洋子さんは野良猫を家に入れて可愛がるようにもなりました。出入り自由となった野良猫により家中が猫の毛や糞尿にまみれました。もともとお洒落でたくさん持っていた綺麗な洋服も、家中に散乱して汚れていました。また、お風呂に何ヶ月も入らないようになり、服も着替えず汚れた服をずっと着ている状況でした。
その頃、顔なじみの近所に住む男性が訪ねてきて世間話をするようになりました。洋子さんも人と話せることが嬉しかったのですが、お金を無心されるようになり、継続的にお金を渡すようになりました。それは社協スタッフが関ることになって止めるまで続き、最終的には大きな金額になっていました。その後、男性は来なくなりましたが渡したお金は戻りませんでした。
ある時、社協スタッフが訪問すると、猫のトイレ砂を鍋で煮て食べようとしていた状況がありました。また、通っていた喫茶店や食堂でお金を支払わずに帰ってしまう事も頻回になってきたことから、一人暮らしの限界を感じ、社協スタッフらが施設への入所を勧め、入所をしたことで、寂しさもなくなり、穏やかな生活を取り戻すことができました。
続きを見る
認知症になっても「困らない」地域を
実現するために
日本においては世界でも稀に見る超高齢化社会となっており、悪質商法・財産侵害、行方不明、ゴミ屋敷、家族の介護負担など、認知症にまつわる多くの問題が発生しています。
これらの現状を踏まえ、私たちは「認知症にまつわる『困りごと』の減少」という目標を掲げて活動しています。そして、最も大きな問題が集中している「金銭」「在宅生活」「介護負担」などの視点に焦点を当て、社会問題に対する対処療法に留まらず、根本治療や予防となる活動も行い、社会的インパクト(成果)に繋げることができる活動を行います。